作家・村上春樹氏とピエール・フォルデス監督が6月15日に東京・早稲田大学大隈記念講堂内で長編アニメ映画『めくらやなぎと眠る女』(配給:ユーロスペース、インターフィルム、ニューディアー、レプロエンタテインメント)が7月26日より公開されることを記念しての対談を開催。モデレーターは翻訳家の柴田元幸氏が務めた。
作品はフォルデス監督が村上氏の6つの短編(『かえるくん、東京を救う』、『バースデイ・ガール』、『かいつぶり』、『ねじまき鳥と火曜日の女たち』、『UFOが釧路に降りる』、『めくらやなぎと、眠る女』)を翻案した作品。東日本大震災から5日後の2011年の東京が舞台。妻・キョウコの突然の失踪に呆然としていた小村が図らずも中身の知れない小箱を女性に届けるために北海道へと向かうことになる。同じ頃のある晩、小村の同僚の片桐は次なる地震から東京を救うために動いている2メートルもの巨大な「かえるくん」から助けを求められる。小村とキョウコ、片桐の心に忍び込む、人生に行き詰まった彼らが見るものは……。
【前編(村上春樹氏×ピエール・フォルデス監督「めくらやなぎと眠る女」対談!かえるくん秘話)より】
トーク中盤には、6つの短編を合わせた理由はなぜ?と、話が振られる。フォルデス監督はさまざまな村上氏の短編を読んで1つに絞れず迷ったからということもあるそうだが、「最初はどうするか決めていなかったんです。この短編が好きで、すごく神秘的でマジカルなものがあって、それをどうにかして捉えたかったんです。でも、確固たる計画はありませんでした。5つの短編、それぞれで1作ずつ作ろうと思ったんです。『かいつぶり』だけはそれぞれの短編に少しずつ入れたいと思ったんです。ですが、こうした作品を作るのは大変時間がかかるので、作っている間に植物が絡み合って根っこが絡み合っていくようになる感じがしたんです。そうするうちに、いろんな短編の登場人物がもしかしたら別の人の同じ側面ではないかと感じて。徐々に見えてきて村上先生の話をつなげたんです」と、経緯を。
それを聞いた村上氏は自身の作品で映画化した『バーニング』(2018年)、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)を挙げながら、「短編小説から作った映画で、短編小説から作るときは監督の自身の意思を足していかなきゃいけないんです。長編小説から映画を作るときは引く作業になっちゃって。そうすると結構、短編小説から作ったほうが意欲的なものができるという感じがするんですよ」「この映画を観て思ったのは、だんだん僕がどういうのを求めているのかっていうのを、映画関係の人も理解してくれているんじゃないかなって。『バーニング』にしても『ドライブ・マイ・カー』にしても、ピッタリとやりたこととやってほしいことが合っているんですよ。それは素晴らしいことだと思うんです。僕が書いたものをそのまま映画にするのではなくて、僕が作ったものに付け加えて新しいものにしてほしいというものなんです」と、自身の作品の映像化されたときへの思いとともに伝える。
これにフォルデス監督は我が意を得たりといった様子で「それは私も感じていることです。音楽家をしていましたが、解釈という感じ方が好きなんです。その作品の翻訳という概念も近いかもしれません。翻訳ということに興味を惹かれるかもしれません。映画を作るとき、私は読んだことそのものを映像化しようとするわけではありません。忠実であろうとするよりも、読んだものをどう解釈したか。その作品そのものは面白いのはもちろんですし、私の解釈が入らなればそれは面白い映像作品にはならないと思っています」と、村上氏と考え方の根幹が重なっているようで、村上氏も「そういう流れとか傾向が強まっていくといいなって思っています」と、今後の作品が映像化される場合への期待を寄せた。
ここで柴田氏から「この短編が映画になると面白いと感じるものは?」と質問を寄せたが、村上氏は「いや、とくにないです。映画を作る人が面白くて興味を惹かれるからやってくれるというのを感じるから」といい、フォルデス監督も席を立ち、身を乗り出しながら「私もそうです!」と、お互いの考えが通じ合っている様子を見せる。
また、アニメーション作品の本作だが、制作する際はまず実写の映像を作っているのだとか。その実写の公開予定はないそうだがフォルデス監督は村上氏にその映像も送ると約束するなか、今後も村上氏の作品の映像化へ「長編もぜひやってみたいと思っています。先ほどおっしゃったように、いろんな要素を削っていくのではない感じで」と意欲を見せる。
長編の話題が出たところで、村上氏は自身の長編で「唯一映画にしてほしいのは、『アンダーグラウンド』という作品です。あれは映画にしてくれるとすごく嬉しいなって思うんです。2冊あるうちの最初の1冊です。いままでそういう話はないです。いろんな人のボイスが詰まっているから、それを観てもらうと面白いだろうなって」と伝えていた。
あっという間に30分の対談時間は過ぎ、締めくくりのトークを求められた村上氏は「僕は1968年に早稲田大学に入りまして、文学部の映画のある学科に進みました。映画は本当にやりたかったけれど、小説家になって良かったです。なぜなら小説家の方が楽だから。通勤はないし、会議もないし、本当に魅力的で。そういう考えです」と、お茶目な一面が覗くコメントに村上氏本人も聴衆も爆笑で、和やかな余韻を残すなかイベントは終演を迎えていた。
長編アニメ映画『めくらやなぎと眠る女』は7月26日よりユーロスペースほかにて全国公開予定!
取材・撮影:水華舞 (C)エッジライン/ニュースラウンジ